回想・反省一覧

東日本大震災の年の競馬

東日本大震災により、福島競馬場は甚大な被害を受け、11年に予定されていた3開催をすべて中止。第2回は中山にて代替、第1回と第3回は新潟などに振替えた。また除染を目的とした芝の張替えやダートの砂入替えを行った。復旧工事を終え、12年4月7日より「福島復興祈念競馬」として約1年半ぶりの競馬開催を再開。

宝塚記念のマリアライトってもっと評価されるべきよな?

マリアライト(2011年2月19日生)は競走馬、繁殖馬。ノーザンファーム生産。キャロットクラブにより3200万(一口8万400口)で募集された。美浦・久保田貴士厩舎所属。主な勝ち鞍に、15年のエリザベス女王杯、16年宝塚記念。17年1月競走馬登録を抹消され、ノーザンファームで繁殖牝馬。

北村宏司騎手が落馬事故 頭部外傷・意識障害・右側頭骨陥没骨折

2日中山1Rで、北村宏司騎手(38)騎乗のタマノカイザーが、内側に斜行したルメール騎手騎乗のノワールムーティエに触れて転倒し、競走を中止した。北村宏騎手は「頭部外傷、意識障害、右側頭骨陥没骨折の疑い」で船橋市内の病院に搬送された。また、この結果、ルメール騎手は、9日から17日まで9日間の騎乗停止処分。

レッツゴードンキちゃん、6年連続重賞連対を達成!

第63回阪急杯、出走中唯一のGⅠ馬レッツゴードンキは2着。最内枠を利して好位を進み、直線で抜け出しを図ったが勝ち馬の豪脚に屈した。岩田騎手は「スタートを決めて、描いていた競馬ができたけど、外から1頭ぶっ飛んできた」と勝ち馬に脱帽。次走は高松宮記念で、「次に向けていいレースはできた」と前を向いた。

丸山元気騎手、ステルヴィオにムチ27連打

昨秋のマイルCS優勝馬で2番人気に推されたステルヴィオ(牡4、木村)は、道中で縦長の5番手を追走。直線で外から力強い伸びを見せたが、3着まで。初めてコンビを組んだ丸山は「もう少し(手綱を)持つところが欲しかったが、休み明けを考えれば走っていると思う。坂を上がって脚色が一緒になってしまった」

エポカドーロってラッキーライラックの位置で競馬するべきじゃないの?

皐月賞以来のVを狙った3番人気エポカドーロだったが、3番手追走も直線で伸びを欠いて5着。8着と大敗を喫した前走・菊花賞の雪辱はならなかった。騎乗の戸崎は「皐月賞のイメージで乗り、展開もうまくいった感じだったけど…。使った方がいいのかもしれない」と、次走予定の大阪杯での変わり身を期待していた。

栗田博憲師「93年の年度代表馬はヤマニンゼファーだと今でも思っている」

ヤマニンゼファーは、93年に安田記念連覇、天皇賞・秋も制覇。同年の複数GⅠ制覇は、他に牝馬2冠のベガだけだった。しかし、年度代表馬は、菊花賞しかGⅠ勝ちのないビワハヤヒデにさらわれた。栗田師は、「今思い返しても…」と表情をこわばらせた。あの年、一番輝いたのはゼファーだった-今も、そう確信している。

Dr.コパ「根岸Sは菜七子だと負けるかもと思ったから乗せなかった」

コパノキッキングの馬主で風水師のDr.コパこと小林祥晃さんは「なぜ根岸Sで菜七子さんを乗せなかったんだって言われるけど、ここで負けるとG1に進めない。ということは、彼女だと負けるかもしれないと思っていたわけ。でも、今回は勝機あり。距離は長ければ長いほど、柔らかく乗ったほうがいいからね」と語った。

エイシンヒカリ(国内11戦8勝・海外4戦2勝 )

エイシンヒカリ(2011年5月3日生)は、日本の競走馬、種牡馬。北海道新ひだか町本田牧場生産。坂口正則厩舎管理。馬主は栄進堂。主な勝ち鞍に15年香港カップ、16年仏・イスパーン賞。17年1月、競走馬登録を抹消され、レックススタッドにて種牡馬。初年度種付料250万(受胎条件)、300万(出生条件)。

平成で一番クソだったローテーションといえば

89年秋はオグリキャップの生涯で最も輝いていたシーズンだった。3人めの馬主に代わった直後に故障し、春を棒に振ったこともあり、3カ月余で6戦するローテーションを強いられた。新旧の馬主間で年間3億円というリース契約が結ばれていた事情もありオグリはマイルCSからJCという連闘を強いられることになった。