エルコンドルパサー一覧

キタサンブラックが34頭目の顕彰馬に選出

中央競馬の発展に特に貢献があった馬を讃える顕彰馬の、20年度記者投票の結果が9日、発表されGⅠ7勝のキタサンブラックが選定された。有効投票数196票のうち、158票を獲得。80.6%の支持を集め、投票者数の75%(147票)以上の選定基準をクリア。一昨年のロードカナロアに続き、34頭目の顕彰馬となった。

1999年の年度代表馬はスペシャルウィークでよかったんじゃないか

99年の年度代表馬選考において、スペシャルウィークは、GⅠ3勝2着2回の成績ながら年度代表馬、最優秀古馬牡馬を海外GⅠ1勝2着1回のエルコンドルパサーにさらわれた。記者投票ではスペシャルウィークが首位だったが、票数が過半数を満たさなかったために審議委員による選考が行われ、結果エルコンドルパサーに決定した。

わりとマジで日本競馬史上ブッチギリ最悪の暗黒凱旋門じゃね?

第98回凱旋門賞、日本馬はキセキ(牡5、角居)の7着が最高。ブラストワンピース(牡4、大竹)は勝ち馬から30馬身差の11着、フィエールマン(牡4、手塚)は同45馬身差の最下位12着と惨敗だった。フィエールマン騎乗のルメールは「この馬場では厳しい。日本馬はこういう馬場を知らない」と馬場を敗因に挙げた。

池江師「凱旋門賞はオルフェーヴル級の馬でなくても勝てる」

日本馬が最も世界の頂に近づいた瞬間。それは紛れもなく、2012年凱旋門賞のオルフェーヴルだろう。わずかクビ差で勝利を逃した男は世界の厳しさを痛感しながらも、その戦いをやめようとはしない。「いつか必ず日本に勝利を持ち帰る」。JRA調教師・池江泰寿(49)がその覚悟をインタビューで語った。

エルコンドルパサーの勝利レースって冷静に見るとたいしたことなくない?

エルコンドルパサー(95年3月17日‐02年7月16日)はアメリカ生産、日本調教の競走馬、種牡馬。生産・所有は渡邊隆。所属は美浦・二ノ宮敬宇厩舎。主な勝ち鞍に98年JC、99年仏・サンクルー大賞など。99年年度代表馬。00年より種牡馬となるも産駒デビュー前の02年に腸捻転で死亡。14年顕彰馬選出。

ナカヤマフェスタとかいう凱旋門賞制覇に一番近づいた馬

ナカヤマフェスタ(2006年4月5日生)は、競走馬、種牡馬。北海道むかわ町、新井牧場生産。馬主は和泉信子、後に和泉信一。競走馬時代の管理はJRA・美浦二ノ宮敬宇。おもな勝ち鞍に2010年の宝塚記念。2010年の凱旋門賞で2着。2011年現役引退し、2012年よりブリーダーSSにて種牡馬。

『競馬ブック』WEBコンテンツを全面有料化 PHOTOパドックも閲覧不可に

『週刊競馬ブック』は、競馬関連の情報を掲載した週刊誌。1968年創刊。株式会社ケイバブック(旧松井総業)発行。原則として毎週月曜日発売(代替競馬や月曜祝日開催があった場合、その翌日)。当該週に予定されている重賞・特別競走出走予定馬の馬柱と展望、ニュース、コラム、各種データ等の記事からなる。

白井最強「スペシャルウィークが完敗したのはグラスのみ。エルコンには力負けしていない」

白井 寿昭(1945年1月13日生)は、日本の競馬評論家。JRA・栗東所属の元調教師。立命館大学経営学部卒。1968年に京都・上田武司厩舎で厩務員となる。1973年には同厩舎の調教助手となり、1978年に調教師免許取得。スペシャルウィークやアグネスデジタルなど、競馬史に残る名馬を育てた。

スペシャルウィーク死亡

98年のダービー馬でG1を4勝したスペシャルウィークが27日、けい養先の北海道日高町の日高大洋牧場で死んだ。23歳だった。武豊騎手にダービー初勝利を届けた馬で、種牡馬としてもG1を6勝したブエナビスタ、05年のオークス、アメリカンオークスを制したシーザリオ、14年菊花賞馬トーホウジャッカルなどを輩出した。

エルコンが勝ったジャパンカップって

エルコンドルパサー(1995年3月17日 - 2002年7月16日)はアメリカ合衆国で生産され、日本で調教された競走馬、のち種牡馬。 日本人実業家・渡邊隆による生産所有馬で、1998年に中央競馬(JRA)でデビュー。同年NHKマイルカップとジャパンカップを制し、JRA賞最優秀4歳牡馬に選出される。