武幸四郎一覧

武豊が引退したら誰が競馬界の広告塔になるの?

なぜ武豊の次のスター騎手が誕生しないのか。数々の大記録を打ち立てた実績はもちろんだが、どの騎手も真似できないのが発信力だ。広告塔を自認し、時間の許す限り取材は受け入れる。取材では見出しになりそうな気の利いた一言を残してくれる。接したマスコミもファンにならないはずがない。この発信力こそが武豊の真骨頂だ。

柴山雄一騎手、栗東へ移籍 武幸四郎厩舎所属に

柴山雄一(1978年2月19日生)は、JRAの騎手。93年より競馬学校を受験するも3年連続で不合格。96年、地方競馬教養センターに68期生として入校。98年、笠松競馬でデビュー。04年、JRA騎手免許試験に合格。05年3月、美浦・畠山吉宏厩舎所属としてJRAへ移籍。20年3月より栗東・武幸四郎厩舎所属。

メイショウ松本好雄オーナーってアンチ少ないよな

松本 好雄(1938年1月6日生)は、実業家、馬主。兵庫県明石市出身。株式会社きしろ代表取締役会長。日本馬主協会連合会会長名誉会長。1974年、JRAに馬主登録。毎世代50頭近くを所有する大馬主として知られる。冠名「メイショウ」は、「"明"石の"松"本」に由来し、また同じ発音の「名将」ともかけている。

武幸四郎調教師「上手いのに良い馬に乗れない騎手になるべく依頼する」

武幸四郎調教師も、騎手としてJRA通算693勝(GI6勝)のトップジョッキーだった。それでも、100以上のGIを含む4000勝以上を挙げている兄の背は遠すぎた。しかし、騎手を引退したことにより、兄の背を追う立場から、調教師として、兄の背を押す立場となった。兄弟が同業者になることは、もうない。

蛯名は調教師一次試験不合格 「ファンの声に応えて騎手は続ける」

JRAは11日、調教師免許一次試験合格者数を発表。初めて同試験に臨んだ蛯名正義騎手(49)は不合格に終わった。張り出された合否発表を確認した上で 「騎手を続けます。ファンの間でも『まだ乗ってほしい』という声があったし」「1回目では簡単には受からない。また来年に向けて頑張ります」と前を向いた。

武幸四郎調教師、現在13勝 新規開業厩舎の初年度最多勝記録に届くか

武 幸四郎(1978年11月3日生)は、元騎手・現調教師。実兄は武豊、故・武邦彦元調教師は実父。94年、競馬学校第13期生として入学。97年3月、武邦彦厩舎騎手としてデビュー。同年の最多勝利新人騎手。16年12月、調教師試験に合格し、翌17年騎手引退。藤沢和雄厩舎での研修を経て、18年3月厩舎開業。

1番泣いた勝利ジョッキーインタビューは?

柴田 大知(1977年6月18日生)はJRA・美浦所属の騎手。初年度27勝、2年目29勝と順調なデビューであったが、3年目の1998年、結婚問題で所属厩舎から破門されたことを機に成績が低迷し、長く不振が続いた。2011年、マイネルネオスで中山GJを勝ち、GⅠ初制覇。インタビューでは男泣きを見せた。

「うちは子供0人だから」 武豊が初めて子供について語る

1995年6月5日、京都市北白川の聖ヴィアトール教会で武豊(当時26)と佐野量子(同26)の結婚式が開かれた。かかった費用は15万円。競馬界のプリンスと芸能人のカップルとは思えないほどシンプルな式だった。式場の選定、仲人(伊集院静・篠ひろ子夫妻)への依頼など、ほとんどを自分たちでやった手作り感満載の式であった。